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福島市の自宅を売却した

日記

今日は福島市の自宅の売買契約でした。 5年ちょっと住んだかなぁ。 ずっと住むつもりだった家でしたが、 両親が来なかったり まさかの出産直前に地震が起きて、 原発が爆発して実家の秋田に避難したり、 はたまた仙台に自宅も会社も移転したり、 先のことってのはわからないもんですねぇ。

人生いろいろあるもんで、山あり谷ありなのは 至極当然のことなのですが、 外部の因子のほうが人生を左右させるもんだというのも よくわかりました。

さて、30年ローンで数千万もかけて新築した 福島市の自宅でしたが、震災後は住まずに賃貸住宅として、 避難者に貸し出していました。 そして、無事買い手がついて、今日契約してきました。 引き渡しは月末になります。

今まで住んでいた方は 数軒となりに無事引っ越されていきました。 無事みつかってよかったよかった。 予定より早く退去されたので、予定より早く売り出しました。 広告を退去前に出していたのですが、 退去日に内見の申し込みが入り、買付が入りました。 川俣から避難されている方でした。 川俣町の山木屋地区はダッシュ村の近くで、 線量が高く、帰宅するのにおそらく時間がかかるエリアです。 2年ぐらいで方針とか諸々決まるだろうと思い込んでいた 年配の方はそろそろ余生をどうするか考え始めています。 余生を避難生活で終わるぐらいだったら 生まれ育ったところに行きやすいエリアに 家を構えようという方が増えているようです。 そういう考えだったかどうかはわかりませんが、 とにかく避難されている方に無事買われました。 広さが気に入ったようです。

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私の建てた家は二世帯住宅で、 土地100坪、建物面積55坪の巨大な家で、 間取りで言うと、5LDDKK、駐車可能台数5台という まあ、ありえないくらい大きい家でした。 そして、残債も多く、間取りも普通の家庭には 大きすぎるので、どうなんだろうと思っていたら、 即日で売れてしまいました。 福島市では価格はかなり高めでしたので心配してました。 買主さんに聞いてみたら、賃貸住宅と仮設住宅に バラバラで住んでいるということ。 私の家は福島市の中では、東側にあり、浜通りに近いエリアなのが よかったかなと思います。 震災後は線量も高いエリアだったのですが、除染の結果、 福島市では線量が低い団地に様変わりしてます。

決済が終わった後、空っぽになっている自宅の中に入ってみました。 子どもたちはキャッキャと楽しそうに遊んでいるのを見て、 ちょっと複雑な気分になりました。 家内も泣きべそでしたね。 そのうちまた家を建てたくなるのかもしれません。

さて、私はどうするのかというと、来年に福島駅の近くの マンションに住みます。こちらも決定済みです。

まだ告知していませんが、ラビックスは福島に再移転します。 もともと福島の会社ですし、福島大学発の会社です。 スタッフも5名のうち、4名が福島由来です。

会社も自宅そばの福島駅前に移転予定ですので、 私と面識あるかたは、ぜひ顔を出してください。 餃子とビールで乾杯しましょう。 面識ない方はこれから面識作ってください。

ではでは。